世界の剣道人【元剣道世界選手権アメリカ代表 ゴドガンガー・サンディ氏】




剣道世界選手権の歴史上唯一日本に勝った国があります。

覚えていらっしゃる方もいると思いますが

2006年台湾大会の準決勝、

アメリカ対日本

日本がまさかの準決勝敗退をした

あの時のアメリカ代表の・・

ゴドガンガー・サンディさんに色々お話を伺うことができました。

サンディさんの剣道人生は日本で始まりましたが、決して順風満帆なものではなく、

アメリカ代表を勝ち取り、日本代表に勝つまでの道のりはかなり波乱万丈です。

努力すれば道は開ける!という言葉を実践された丸山サンディさん!

これから剣道で世界を目指す方のご参考になれば幸いです。

プロフィール

丸山・ゴドガンガー・サンディ

1979年 4月15日 生まれ

出身地:アメリカ 4歳の時両親の離婚 日本に移住

出身校:杉並区立大宮中学校⇒都立世田谷工業高等学校→国際武道大学

段位:錬士七段

大学卒業2年後にアメリカに渡り、その後4大会連続でアメリカ代表として世界剣道選手権大会に出場する。

2006年の台湾大会では日本チームを破った。

アメリカ生まれ 日本育ち

筆者:サンディさんはアメリカ生まれなんですね。

サンディ氏:そうですよ。アメリカで生まれ、4歳で母と日本に移住しました。

筆者:ではその頃、日本語はどうでしたか?

サンディ氏:日本に来たばかりの時は全然話せなかったので、よくいじめられましたね。小さい時は周りになじめなくて苦労しました。

筆者:剣道を始めたのは強くなりたかったからですか?

サンディ氏:そうですね。それで小学校2年生の終わりぐらいに、神奈川県の川原道場という場所で剣道を始めました。そこではけっこう強くなって区の大会で優勝できるようになるまでにはなりました。そこで稽古を頑張ったおかげでいじめっ子とかも、僕を見る目が変わりましたね。僕が6年生になったとき、僕は東京に引っ越すことになって、そこで剣道をやめてしまいました。

筆者:東京では道場に行かなかったんですか?

サンディ氏:はい、その時は日本でプロサッカーリーグができて、ちょうどサッカーブームだったんですね。それで僕はサッカーを始めることにしたんです。なので中学校1年生から高校3年の夏までは一切竹刀を振っていないです。

筆者:ちなみにサッカーの方はどうでしたか。

サンディ氏:わりあい結果はよかったです。クラブチームの練習生になったりしたり、高校2年生の時にサッカードイツ留学も行こうと考えていたんです。

高校時代はサッカーに打ち込む。写真一番右

筆者:プロ候補みたいな感じですね。

サンディ氏:でも留学の1か月前に足を複雑骨折してしまって、治療に1年ぐらいかかってしまったんですね。治ったときはもう高校3年生。頑張っても元の動きには戻らないし、試合に出れない、それで今後人生をどうしようかっていうことを考えたんです。

体育の教師になるために

筆者:国際武道大学に進学を決意したのはなぜですか?

サンディ氏:けがしてだめだと思ったから、大学進学しようと思い受験勉強し始めました。僕の高校の体育の先生が本当にいい先生で、僕も生徒から慕われる体育の先生になりたいと思い、体育の先生になるための大学を探しました。

その時は、日本体育大学、国士館大学、国際武道大学を視野に入れ、家庭教師をつけて勉強しました。

筆者:すごい決意ですね。

サンディ氏:でも、秋ごろになると体がなまってきてしまいました。そこで子供の時にしていた剣道をもう一度やろうと思い、東京の佼成武徳会に行き初めました。そこには小沼先生(故人)や田原弘徳先生(元警視庁副主席)がご指導してくださっていました。

今考えるとものすごい贅沢だったと思うのですが、当時はそのすごさが全然わかっていませんでした。

その時は週一回の健康維持感覚で通ってました。冬の終わりぐらいに田原先生が、「お前大学はどこ行くんだ」と聞いてくださって、「国際武道大学に行きます。」と言ったら、その先生が後日、「推薦話しといた」と言ってくださっって・・その時は「ラッキー」っと思って受験に行きましが、いざ行ってみたら化け物がいっぱいで(笑)推薦受験ではなにやったか覚えてないです。もちろん落ちました。

筆者:じゃあ一般受験で入られたんですね?

サンディ氏:はい、その後一般受験で入りました。勉強はしっかりやったのでほぼ100点でトップ合格しました。また、家のルールで大学は1本しか受けられなかったので、武道大学に入りました。

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剣道部に入ったけど剣道は知らない

筆者:合格したとは言え、剣道部では苦労されたのでは?

サンディ氏:そうですね。実は僕は剣道部に入るつもりは当初全然なくて、サッカー部に入ろうと思ってたぐらいです。

筆者:それはびっくりですね。

サンディ氏:でも大学入学するときに、道場の先生がものすごい偉い先生なことにやっと気が付いて、これはやらないけないと腹をくくって入部しました。

入学式が終わって、すぐに剣道部の入部式に行ってから、一年生は自己紹介があったんですけど。

「丸山サンディです。剣道やってませんでした。」

と言ったら大爆笑されましたね。

筆者:それは笑いますね。国際武道大学に入るのは強い人しかいないじゃないですか。

サンディ氏:そうです。初めての稽古が終わった後に、横浜で剣道やっていた時の二個上の先輩がいて「サンデー、なんでそんな弱いんだ?どうしたんだ?」と言われて心に火が付きました。




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